DX人材不足は開発と分析に共通する課題-Big Data Expoレポート2
前回に続いて、オランダで開催された「Big Data Expo 2023」の現地レポートを、BlueMemeロッテルダムオフィスの国田健さんの解説でお届けします。このイベントでは、AIを使ったデータ解析や、それを実現するローコード・ノーコード開発プラットフォーム、セキュリティー関連の話題が目立ちました。ビッグテックを抱えるアメリカとは違う、EUの最新トレンドを把握することもできました。
ぜひ、前回の記事と合わせてお読みください。
▼Big Data Expo – Jaarbeurs Utrecht(2022年の様子)
https://www.data-expo.nl/
「Webの生みの親」も注目する、生成AIと情報セキュリティー
Inruptという会社が、「顧客データは今や双方向の道。それが企業にとっていいことである理由」というタイトルで講演をしていました。ちなみに、この会社の共同設立者であり最高技術責任者を務めるのは、httpプロトコルを策定したティム・バーナーズ・リー氏です。
▼Customer data is now a two-way road. Here’s why that’s a good thing for companies. | Big Data Expo
https://www.bigdata-expo.nl/en/program/customer-data-now-two-way-road-heres-why-thats-good-thing-companies
登壇者は、生成AIによって、組織や個人の重要な情報が特定のプラットフォームに収集されてしまうことに警鐘を鳴らしていました。例えば、ChatGPTなどに自社の新しいビジネスモデルの評価を質問した場合、自社独自のナレッジがOpenAI側に流出するリスクがあります(一応、これを避ける設定はあるとしても)。これと似たような問題がさまざまなプラットフォームで起きていて、利用者側は一方的にデータを供給して弱体化し、データを溜める巨大企業側だけが市場で優位性を高める構図になっています。
同社では、こういった問題を回避しながら、生成系AIを使っていくソリューションを用意していました。また、セキュアな条件でデータを活用することは、ユーザーだけでなく、結局はビジネスを展開する企業側にとってもメリットがあるということが説明されていました。
「オランダのシリコンバレー」からの関係者も多数参加
オランダ南部にアイントホーフェン(エイントホーフェン Eindhoven)という都市があります。周辺を含む人口は約70万人という小規模な都市ですが、ここは「オランダのシリコンバレー」とも呼ばれています。「Big Data Expo 2023」にも、多くの関係者が参加しているようでした。
アイントホーフェンは、オランダを代表する電機メーカーであるフィリップス発祥の地でもあり、IBMやインテルを始め、世界の名だたるIT企業が研究機関を開設しています。量子コンピューターやAIなど、最先端技術を扱える若者たちを育成するアカデミックな組織と、ビジネスとしてマネタイズする企業との駆け橋としての役割を、産官学連携で果たしている都市です。
オープンユニバーシティー的なIT系の研究コミュニティーを形成して、スタートアップのインキュベーション施設のような人材交流や育成も活発です。EUでも注目の地域の一つです。
▼Why the Netherlands is the new Silicon Valley: Eindhoven
https://innovationorigins.com/en/netherlands-new-silicon-valley-eindhoven/
ローコード・ノーコードの導入は、実はEU各国でも温度差が
データ分析やデジタルツインに関するローコード・ノーコードベンダー、それらのソリューションを用いたコンサルティング会社も多く見掛けました。例えば、長年市場で認知されている分析BIプラットフォームで、日本にも進出しているQlikや、スタートアップのDataddoからも話を聞きました。Dataddoは、アプリ内に溜まったデータを取り出して活用するフローの中で、取り出し部分を完全ノーコードで実現する製品でした。他にもいろいろなブースの方々と話をしましたが、蓄積したデータをどのように簡単に取り出して、ビジネスの文脈に併せた形で活用するかを課題に挙げている人が多い印象でした。
▼Qlik データ統合・データ品質・分析ソリューション
https://www.qlik.com/ja-jp/
EUの中でもオランダは、OutSystemsやMendixなどローコード・ノーコード系のサービスの導入が進んでいる国です。特に、OutSystemsの競合であるMendixは、オランダのロッテルダムで創業されたこともあり、OutSystemsよりも認知度が高い印象でした。ちなみにMedixは今もロッテルダムにオフィスを構えており、私の自宅から徒歩圏内にあります。また、BlueMemeが代理店契約をしているOmnextも、実はオランダの会社です。
オランダでは、業界を牽引していくような大手企業ほど、先進的で新しい次元を目指しているのが凄いと感じます。例えば、オランダ最大のスーパーマーケットチェーンAlbert Heijn(アルバートハイン)などでも、OutSystemsが導入されています。余談ですが、アルバート・ハインにOutSystemsを導入したのは、以前、BlueMemeで一緒に仕事をしていたこともある、ポルトガルのOutSystems代理店Bool社のようです。
一方、意外なことに、隣国ドイツではオランダと比較すると、ローコード・ノーコード開発プラットフォームの導入がそこまで進んでいないようです。イベント会場では、オランダの最有力のOutSystemsパートナーであるLINKIT社の方々と話す機会もありましたが、同様のコメントがありました。
EUでもIT人材不足は深刻な課題
IT人材・DX人材不足はEU圏内でも深刻です。企業の内部にITとビジネスの両方に精通した専門家がいても、全てを自社で処理している訳ではなく、外部のパートナーの力も借りながらゴールを目指しています。EU圏は、システム開発の内製化率が日本に比べて元々高いので、人材不足がより深刻になっている面もあるでしょう。
システム開発の領域では、マーケットやユーザーのニーズや、社会状況の変化にも柔軟に対応できるシステムが必要となっています。しかし、システム開発を内製化するにしても、優秀なエンジニアを雇うとどうしても人件費が高くなります。
データ分析も、似たような状況がある印象を受けました。データサイエンティストやデータアナリストのニーズも高まる一方。しかし、人件費は最適化したい。そこで、トップアナリストを雇用する代わりに、高度なデータ分析ができるプラットフォームと、中堅あるいは駆け出しのデータアナリストを組み合わせた方が、トータルの維持費の方が抑えられます。
先日、BlueMemeでも、KSKアナリティクス様からデータ分析に関するソリューションRapidMinerをご紹介いただきました。デジタルレーバー(ITによる仮想労働者)やAI、ローコード・ノーコード開発プラットフォームを組み合わせて、ビッグデータ分析を最初から折り込んだ設計で、スピーディーにシステム開発せざるを得ないフェーズに来ているのかもしれません。
機械学習プラットフォーム「RapidMiner(ラピッドマイナー)」
GDPRとCookie規制もさらに
ビッグデータの解析と言えば、個人情報の管理を巡る情報セキュリティーとは切っても切り離せません。
EUでは、2018年5月に個人情報保護規制であるGDPR(EU一般データ保護規則)が施行されました。CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)とその改正法であるCPRA(カリフォルニア州プライバシー権法)など、世界的な影響力を強める大手IT企業を抱えるアメリカの法律とは違う、EU独自の基準として機能しています。
また、個人情報のトラッキング制限として、サードパーティーCookieの段階的廃止がアナウンスされていますが、Googleは3度もの延期を繰り返しています。現時点では、2024年後半が予定されていますが、デジタルマーケティング関連のプラットフォーマーやツールベンダーは、自社サービスの説明の最後には必ず、GDPRやCookie規制に準拠している点を訴求している様子が印象的でした。
EU圏の先進性への期待と、日本企業に対する不安
「Big Data Expo 2023」に参加して、「21世紀の原油」とも言われるデータを活用する未来への大きな期待を感じました。しかしそれと同時に、日本企業の姿勢や現状についても少し不安になった部分もありました。
今、一説では、日本のソフトウェア開発はアメリカよりも10年遅れていると言われています。しかし、ますますデジタル技術の導入が加速している欧米の企業を目にすると、10年の差はより広がっていくような気がしています。伝統的な日本企業が、何とか追いつこうとしている欧米の企業像が仮にあるとしても、恐らくそれはもう何年も前の残像です。
EUの現状はもうすでに変わり、それを実現しているテクノロジーも速いテンポでどんどん進化しています。日本の国際的な競争力が落ちてしまえば、「2025年の崖」に言及するまでもなく、経済損失も大きいはずです。日本でもようやく、ローコード・ノーコード開発プラットフォームへの注目が集まっていますが、単にサービスやツールを導入する以上のDXとして、国際的な競争力の向上にはドラスティックな経営判断が必要かもしれません。
開発や分析を内製化し、どうビジネスに活かしていくか
今回の「Big Data Expo 2023」のスピーカーの多くが、IT企業の関係者ではなかったのが印象的でした。さまざまな非IT企業の人たちが、ソフトウェア開発の内製化について話をしたり、データ活用について話しているのが目立ちました。
日本の非IT企業の多くが、自社のビジネスに必要なシステムを外部のSIerに外注しています。開発の内製化にシフトしている組織もありますが、まだ限定的です。一方、ヨーロッパでは、組織内部のコストやリソースが節約でき、かつ顧客の満足度も上がるベストな方法を、非IT企業自身が、ITサービスを駆使して模索しながら実現しています。
すでに多くの業界で、どのようにデータを収集するかという段階は終わり、増え続ける膨大なデータをAIやCRM(顧客関係管理)サービスを使ってどう活用していくかという、具体的な手法や解決策がメインになっている印象を強く受けました。
「Big Data Expo 2023」が開催された翌週には、イギリスで「AI & Big Data Expo」、さらに9月末にはアムステルダムでも「IoT Tech Expo Europe 2023」が開催されるなど、EU各地でIT系のイベントは活発です。アメリカとは違う価値観や考え方で進むEUの動向は、今後も要注目です。