三毛猫の毛色はこう決まる!生命の設計図を読み解く遺伝子解析

「三毛猫のオスは珍しい」という話を聞いたことがありますか?日本でよく見かける三毛猫ですが、白・黒・オレンジの3色の毛並みを持つ個体の大多数がメスです。
この現象の仕組みを解明する重要な発見が、2024年11月に報告されました。九州大学佐々木裕之名誉教授を中心とする研究グループが、三毛猫の毛色を決定する遺伝子「ARHGAP36」を特定したのです。スタンフォード大学らの研究グループも独立して同じ遺伝子を発見し、両グループがほぼ同時期に研究成果を発表しました。
今回の記事では、この発見の内容と、三毛猫の毛色が決まるメカニズムについて解説します。
長年の謎:なぜ三毛猫はメスが多いのか
三毛猫とメスの関係性は、1960年代から科学者たちの注目を集めてきました。1961年、イギリスの遺伝学者メアリー・ライオンは、三毛猫の毛色パターンがX染色体の働き方と密接に関係していることを発見しました。
オスの猫はX染色体を1本、メスの猫はX染色体を2本持っています。オスの場合、Y染色体は毛色の決定にほとんど関与しないため、X染色体上の遺伝子で1種類の毛色しか指定できません。つまり、黒か茶色のどちらか一方の毛色になるのです。
一方、メスの場合は2本のX染色体を持つため、一方の染色体に黒い毛色の遺伝情報、もう一方に茶色の毛色の遺伝情報を持つことができます。体の各部位でどちらかのX染色体が不活性化されることで、パッチワークのような毛色のパターンが生まれるのです。
この仮説は60年以上にわたって支持されてきましたが、具体的にどの遺伝子が関与しているのかは長年の謎でした。研究者たちは白と黒だけの二毛猫や、単色の猫との交配実験なども行いましたが、決定的な証拠は得られませんでした。
遺伝子から毛色まで:生命の設計図の読み方
私たちの体の特徴を決める遺伝情報は、DNA(デオキシリボ核酸)に書き込まれています。このDNAから最終的に体の形質が現れるまでの過程は、生命科学の基本原理である「セントラルドグマ」として知られています。
DNAに書き込まれた遺伝情報は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、そこからタンパク質が合成されます。このDNA→RNA→タンパク質という情報の流れは、生命活動の根幹を支えています。
猫の毛色の場合、この仕組みを通じてメラニンという色素タンパク質が作られます。今回発見されたARHGAP36遺伝子は、このメラニン合成を制御する重要な役割を果たしています。正常な遺伝子の場合、黒や茶色の色素であるユーメラニンが作られます。一方、遺伝子に変異がある場合、赤や黄色の色素であるフェオメラニンの合成が促進されるのです。
このように、一つの遺伝子の働き方の違いが、目に見える特徴の違いとなって現れます。三毛猫の毛色は、生命の設計図がどのように読み取られ、実際の形質として表現されるのかを示す、絶好の例と言えるでしょう。
パン屋さんに例えて理解するセントラルドグマ
セントラルドグマの仕組みは、パン屋さんの作業に例えるとわかりやすいでしょう。
染色体は2冊23組、合計46冊の「レシピの原本」のようなものです。それぞれの本には、体を作るための大切なレシピ(遺伝情報)が書かれています。このレシピの原本は非常に重要なので、直接使用せず大切に保管されています。
必要なレシピを使う時は、「料理人」(RNAポリメラーゼ)が必要な部分だけを選んで書き写します。この「コピーしたレシピ」が、mRNA(メッセンジャーRNA)です。これを持って調理場(リボソーム)に行き、そこで具体的な「パン」(タンパク質)が作られます。
作られるパンには、それぞれ特別な役割があります。例えば、体を支える構造パン(筋肉タンパク質)、エネルギーを運ぶ配達パン(酵素)、外敵から体を守る防衛パン(抗体)などです。三毛猫の毛色を決めるメラニンも、このような仕組みで作られるタンパク質の一つなのです。
三毛猫の毛の色が決まるメカニズム
三毛猫の毛色が決まる仕組みは、主に3つのステップで説明できます。
1. 白い部分ができる仕組み
まず、KIT遺伝子という「白を作るレシピ」が関係します。この遺伝子は、メラノサイト(色素細胞)を体全体に均等に配置する指示を出します。KIT遺伝子に変異がある場合、メラノサイトが十分に広がらず、色素が作られない「白い部分」ができます。つまり、白い毛の部分では、そもそも黒やオレンジの色素を作ることができないのです。
2. 黒かオレンジかを決める仕組み
白以外の部分では、「黒」と「オレンジ」のどちらになるかが決まります。これは、X染色体不活性化(XCI)という仕組みによって決定されます。メスの猫は2本のX染色体を持っており、一方に「黒のレシピ」、もう方に「オレンジのレシピ」が書かれています。細胞ごとに、2つのX染色体のうちどちらか一方がランダムに「休眠状態」となり、そのレシピは使われなくなります。
- もし「黒のレシピ」が書かれたX染色体が使われた場合、その細胞で作られる毛は黒に
- 一方で、「オレンジのレシピ」が書かれたX染色体が使われた場合、その細胞で作られる毛はオレンジに
3. モザイク模様ができる理由
このX染色体不活性化は胎児の発生初期に起こり、一度決まった状態はその細胞が分裂して増えても維持されます。そのため、同じ色素を作る細胞が集まって「パッチ」を形成し、体の各部分で黒とオレンジの領域が生まれます。
このように、KIT遺伝子の働きとX染色体不活性化という2つの遺伝的な仕組みが組み合わさることで、三毛猫特有の白・黒・オレンジのモザイク模様が形成されるのです。
なぜメカニズム解明に時間がかかったのか?
三毛猫の毛色を決める遺伝子がX染色体にあることは1961年に知られていましたが、特定には60年以上を要しました。その背景にはいくつかの理由があります。
まず、三毛猫の毛色はX染色体の不活性化(XCI)という複雑な現象によるモザイク模様であり、その仕組みを解明するのが難しかったことが挙げられます。
また、過去の研究では遺伝子の候補領域を絞り込むために遺伝地図や簡易な解析手法を使用していましたが、ゲノム解析技術が未発達であったため特定までに長い時間がかかりました。
さらに、猫のゲノムデータの整備が遅れ、毛色とは無関係と考えられていたARHGAP36遺伝子が、研究の初期段階で注目されなかったことも一因です。
加えて、猫の毛色研究は実用的応用が少なく、他分野に比べて研究の優先順位が低かったことも影響しました。
しかし、近年のゲノム解析技術の進歩とデータの蓄積が、最終的に遺伝子特定を可能にしたのです。
何気ないミケの姿にも生命科学の神秘が
今回の記事では、三毛猫の毛色を決める遺伝子が発見されたことについて解説しました。
この発見により、三毛猫特有の白・黒・オレンジのモザイク模様が形成される仕組みが明らかになりました。KIT遺伝子の働きによって白い部分が決まり、X染色体上のARHGAP36遺伝子の活性化・不活性化によって黒とオレンジの模様が決まることがわかったのです。
今回の発見により、普段何気なく目にする三毛猫の毛色模様にも、生命科学の精緻な仕組みが働いていることがわかりました。道で三毛猫を見かけたとき、その毛並みの一つ一つに隠された遺伝子の働きを思い浮かべてみてはいかがでしょうか。
参考文献
▼Gene behind orange fur in cats found at last | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/gene-behind-orange-fur-cats-found-last
▼Molecular and genetic characterization of sex-linked orange coat color in the domestic cat
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.11.21.624608v1.full.pdf
▼A deletion at the X-linked ARHGAP36 gene locus is associated with the orange coloration of tortoiseshell and calico cats
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.11.19.624036v1.full.pdf