「仮想空間の双子」デジタルツインの活用場面と可能性とは?
近年のDXの話の中で目にする重要なキーワードの一つが、「デジタルツイン」です。デジタルツインとは、いわば「デジタル空間の双子」「デジタルレプリカ」のこと。物理的なモノやシステムの実行可能な仮想モデルであるデジタルツインは、DXの重要な要素の一つです。そして、現実世界に存在する製品やシステム、プロセス、サービスなどのデータをIoTで収集し、デジタル空間に再現する技術は、アジャイルとローコード開発が支えているのです。
それはアポロ13号の事故から始まった!
デジタルツインの背景には、モデルとシミュレーションの歴史がありますが、1970年のアポロ13号の事故から始まったといわれています。
この事故では、酸素タンクの爆発とそれに伴うメインエンジンの損傷により、宇宙飛行士の生命が危険にさらされる事態が発生しました。NASAは宇宙船と同じ構造を地上に構築し、複数のシミュレーターを駆使して状況を評価することで問題を解決しました。この経験から、デジタルツインのアイデアが生まれたとされています。
デジタルツインの活用が期待されている産業
デジタルツインは、製造や検査、運用など、あらゆるデータを収集・整理し、解析した結果に基づいてオリジナルと同じ状態をソフトウェアが再現します。つまり、プロセスの最適化やコスト削減、製品の品質向上が求められるいろいろな産業の現場で使うことができるわけです。
製造業 | 生産時間やコストの削減、サプライチェーンの最適化、不良チェック |
自動車産業 | 仮想の車両や部品で故障を予測、リコールが問題化する前に対応 |
航空宇宙・防衛産業 | エンジンなどの設計・試験を支援し、安全性を向上 |
ヘルスケア産業 | 医療機器の設計や患者に合わせた治療法のシミュレーション |
エネルギー産業 | 発電システムの管理・監視・保守 |
運輸・建設産業 | 車両や設備の性能と安全性の向上 |
デジタルツインのさまざまなメリット
現実世界を正確に写し出す鏡像としての、仮想モデルであるデジタルツインを利用すると、さまざまなシミュレーションや予測、分析、最適化ができます。
- 物理的な製造を最後の瞬間まで遅らせることで、資源や費用、時間を節約。
- デジタルプロトタイプで事前に問題を特定・解決し、システム設計を改善。
- 物理的な資産の性能をリアルタイムで確認し、製品の性能に関する洞察力を強化。
- 製品動作をチェックし、故障リスクを低減し、ダウンタイムを短縮、メンテナンスを軽減。
- コンポーネントをデジタル化することで、修理や検査に無駄な時間を取られず、品質管理を確実に。
- 今後の製品を仮想的に作成することで、開発やテストを簡素化。市場投入までの時間を削減。
- レガシーなシステムも、性能を向上させたり、安定して稼働できる延命が可能。
- 仮想化されたモデルを使った、実践的な技術教育やノウハウ伝承、遠隔での作業支援。
また、顧客満足度の向上や、新たな技術革新の促進にもつながります。
製品サイクル管理:デジタルツインを使えば、ライフサイクルが終了した製品をどのように処理するかを、製造前に検討できます。昨今、企業は単なる製品の製造・販売だけでなく、原料の調達や物流、リサイクルまで、消費者からの厳しい目に晒されています。デジタルツインで収集したデータは、役割を終えた自社製品の処遇が、CX(顧客体験)にどのように影響するかを判断する材料になります。
イノベーション促進:デジタルツインは、潜在的なプロセスや生産結果に関連する大量のデータを収集できるため、スピーディーな製品の研究開発が可能です。また、小規模な組織や個人が実際に開発・製造するには、時間やコストの面でリスクが高すぎる製品やプロセスも、デジタルツインによって実験できます。無駄を省いた最小限のリソースで、革新的な創造性が発揮できる環境が実現します。
「デジタル空間の双子」は、シミュレーターやエミュレーターとどう違う?
「もうひとつの環境」といえば、すでにシミュレーターやエミュレーターが利用されている場合も珍しくありません。デジタルツインとこれらの違いは何でしょうか?
シミュレーターは、現実に実施することが難しい状況を、想定された場面や法則で再現することです。例えば、訓練やゲーム用のフライトシミュレーターやドライブシミュレーターが知られています。また、エミュレーターは、例えばWindows上でAndroidを動作させるような場合で知られています。任意のハードウェアやOS用に開発されたソフトウェアを、別の環境で動作させることを指します。ビジネス用途に限らず、パソコン上でゲーム機用のゲームソフトウェアをプレイする時に使われます。
シミュレーター・エミュレーターは、システムやプロセスをモデリングして、その動作やパフォーマンスを「予測」することに重点を置いています。製品ライフサイクルの設計段階で使用されることが多く、設計のテストや改良、制御実験、配置やサイズの最適化など、製品が将来どう機能するかを予測するのに利用されます。
一方、デジタルツインは、実際に使用われている製品や稼働中のシステムが、「現在」どのように機能しているかを把握することに使われています。現実に存在する物理的な資産の仮想レプリカを再現し、時間の経過と共にそれがどのように変化していくかを、リアルタイムに把握することに重点が置かれています。
デジタルツインの注意点とは?
デジタルツインにも、考慮すべき注意点がいくつかあります。
まず、大量のデータが生成されるため、管理や分析の技術が複雑かつ広範囲です。もちろん、それを支えるインフラも重要です。そのため、開発や運用エンジニアには専門的なスキルやノウハウの学習が必要です。デジタルツインモデルを扱う関係者の教育も不可欠です。
また、前述したレガシーなシステムの寿命を延ばせるというメリットも、諸刃の剣になり得ます。その理由は、DXを推進する上で、今のワークフローを根本から設計し直す障壁になる可能性もあるからです。時代遅れの局所的な対応は、結局は問題の先送りにしかならず、リスクをより増大させることにもつながりかねません。
この他にも、導入コストが中小企業にとっては高額になることなど、いくつかの課題はあります。
デジタルツインのカギを握るのが、アジャイルとローコード開発
デジタルツインの実現には、複合的なテクノロジーが使われます。
さまざまな環境から詳細なデータを取得するIoT(モノのインターネット)や、システムを横断して使えるクラウドコンピューティング、学習したデータから精度の高い予測をするAI(人工知能)と機械学習(ML)、温度や湿度、熱、気圧、速度、振動、色や音などを細かく把握する各種のセンサー、人の没入感を実現するxR(AR/VR/MR)、ブロックチェーン技術やビッグデータ解析、高速大容量で低遅延の5G通信など、デジタルツインを使いこなすエンジニアには広範囲なスキルが求められます。
ここで重要なのが、アジャイルとローコードによるソフトウェア開発です。高度で複雑なシステムを迅速に開発するには、モジュール化と自動化がカギです。現場のリアルな状況から得られた貴重なデータは、意志決定のスピードを上げ、スピーディーに現場へとフィードバックすることが求められます。横断的・俯瞰的な技術を連携させ、属人化を徹底的に排除した効率的な開発スタイルが、デジタルツインを下支えしているといってもいいでしょう。
デジタルツインに寄せられる大きな期待
元々、製造業を中心として、全く同じ製品を2つ用意し、同じ環境に置いて稼働状況の観察や問題分析に使うという考え方はあり、さまざまな課題解決に利用されてきました。デジタルツインの登場以降、対比してフィジカルツインと呼ばれるこの手法も、コンセプトとしては共通しています。
デジタルツインでは、IoTの進化によって、取得できるデータの精度や量、解析速度、分析能力が飛躍的に向上しました。Meticulous Researchのレポートでは、デジタルツイン市場は年平均成長率41.6%で伸び、2030年までに1,830億ドル(2023年5月初旬の為替レートで約24兆6,800億円)に達すると予測されています。今後もデジタルツインから目が離せません。