重低音で音楽を支えるバスクラリネットをソロで – 国田健さん2
プロのバスクラリネット奏者Ken-Kunitaは、ロッテルダム在住で働くBlueMeme社員でもあります。今回は、国田さんの音楽面の活動にスポットを当ててみました。青年を突き動かして人生を変えるほどの音楽とは、どんなものだったのか?なぜこの時代にわざわざCDを作ったのか?3回連載の2回目をお届けします。
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人生を変えた、とある革命的バスクラリネット奏者との出会い
― さて、ここからは音楽活動の話を聞かせてください。
国田さんが演奏している、このバスクラリネットという楽器は、低音がとても魅力的な音色ですね。サイズも結構大きい。
国田:はい。通称「バスクラ」は重厚で存在感に溢れる音が特徴で、吹奏楽やオーケストラ、アンサンブルで使われます。名前の通り低音域用の楽器なんで、それなりに大きいですよ。バスクラリネットの音域は全楽器の中でもトップクラスに広いんですが、吹奏楽の現場で実際に使用される音域は非常に狭くて、潜在能力の10%ぐらいしか使われていないと思います。
― もったいないじゃないですか。オーケストラにおいて、割と重要ではあるんだけれども、地味なポジション。
国田:そうなんです。クラリネットを演奏してる人が、部分的にバスクラリネットに持ち替えるとかが一般的です。そこから独立して、ソロ演奏されるようになったのは割と最近です。歴史が浅いので、まだまだ進化の途中にある楽器です。
― 歴史が浅いというと?
国田:皆さんが聞いたり見たことがあるクラリネットは18世紀初頭に発明された楽器で、バスクラリネットが登場するのはその100年後です。1800年代後半~1999年代前半頃の、ロマン派時代です。それでもクラシック音楽の中では、一番新しい部類の楽器なんです。専門にしようという動きが出てきたのは、さらに最近の話です。
― そんなバスクラリネットに革命を起こしたのが、ヨゼフ・ホラークという演奏家なんですね。
国田:はい。世界で初めてバスクラリネットをソロで演奏したり、4オクターブ半という音域を自由に操った演奏家です。
彼の演奏をたまたまネットで最初に聞いた中学生の時、『バスクラリネットでこんなことができるんだ!』と本当に衝撃を受けました。当時は吹奏楽部の一員でやってたんですが、それまでのささやかな知識とか概念がぶっ飛んだというか。野球のボーイズリーグでプレーしていた少年が、YouTubeで大谷翔平のホームランを見たようなインパクトがあったんです。こんなことができるんだったら、自分でもやりたいと思ったんです。
― チェコの革命的な演奏家が、東洋の少年の心を突き動かした、と。
国田:そうなんです。その頃から、いつか海外へ行きたいなと思っていました。音楽教育機関では、バスクラリネット専門の学科を新設しようという話があったようですが、僕が高校生になっても日本に学校がほとんどなくて、勉強できる環境がなかったんですよ。
高校は、神戸の須磨学園へ進学しました。ここの学園長は、アスキー創業者で、元マイクロソフト新技術担当副社長の西和彦さんです。お婆さんが創立した学校を引き継いだ学校なんです。
― 西和彦さんといえば、次世代MSXこと「MSX0」が話題でしたね。ちょっと他はいろいろ大変みたいですが…
国田:はい。当時は、学科としての音楽科は無かったんですが、オリンピック選手も輩出する陸上部や水泳部などと並ぶ強化部として、吹奏楽部が指定されたんです。なので、そこの特待生としてお声がけを頂きつつ、通常の入試も受けて入学しました。そして、入学後の先生との最初の面談で、ベルギーのアントワープにある学校の資料を持って『ここに行きたいんです!』という話をしました。
― なかなかアグレッシブですね!
国田:先生たちの中には、入学前から面識があった人もいたので、皆さん、割とそういう情熱を汲んでくれたんですよ。『変な楽器をやってる変わった子がいるぞ、だったら面白いところに送ってやろうぜ!』みたいな先生たちだったんで、割とスムーズに受け入れてもらえました。あの時、まだ実績も何もない自分に投資してくれたようなものだと思います。おかげで、KOBE国際音楽コンクールと日本ジュニア管打楽器コンクールに、バスクラリネットで全国本選出場もできました。
― その後、一旦は大分の大学に進学するものの、満足できずにロッテルダムへ渡欧するわけですか。
国田:はい。大分県立芸術文化短期大学(クラリネット)に入学しました。ここで、Eと一緒になったんです。彼はフランスに行きたい願望があって、僕は当時東京に行きたいなと思ってたんです。ところが、いろいろ調べていると、本格的にバスクラリネットを学ぶんだったら、本場のヨーロッパへ直接行った方がよさそうだって話になって。
大学1年生の冬だったか、Eの手を引っ張って、フランス語の先生のところへ行って『フランスに行きたいから、とにかくフランス語の基礎を教えてください!』と直訴しました。その後、いろいろなつながりがあって、『バスクラやるんだったら、オランダがいいらしい』ということを知りました。
― ヨゼフ・ホラーク氏の演奏は、19歳の青年を突き動かすほど衝撃的だったんですね。
国田:はい。フランスから日本へ帰って2ヶ月後ぐらいにはもうオランダへ行こうと決心し、大学を中退しました。ロッテルダム音楽院バスクラリネット科の入学試験も合格したんで、こっちへ移住してきました。残念ながら、2016年に学科が閉設されてしまったので、最後の卒業生となりました。
敢えてCDとしてリリースした作品の意味
― 2023年2月、初のCD作品『In-Honour-of-Horák』をリリースされました。レコーディングはいろいろ大変だったんじゃないですか?
国田:そうですね。レコーディング自体は2022年4月ですが、それ以前からの練習や場所の確保、サウンドエンジニアやデザイナーの手配など、製品化に至るまで大変でした。レコーディングも、3日間ぶっ通しだったので、体力的・精神的に結構タフな日々でした。
▼Ken-Kunita(ホーム)|国田さんの公式サイト
https://ja.kenkunita.com/
― そもそも、今でもCDショップが残ってるのって、世界中で日本だけだと言われている中で、敢えてCDでリリースされたのはなぜなんですか?
国田:メディアの形態は、正直、あんまり拘ってはいなかったんです。確かに、未だに多くCDが作られてるのは日本だけですし、ショップはヨーロッパには多くありません。実際のところ、別に売上を狙っているわけじゃないんです。申請した企画書が通って予算が出たので、パッケージとして作ってみようと思いました。
― タイミングだったり、気分がたまたまそうだった、と。
国田:CDにした理由は、大きく3つあります。
一つ目は、単純にモノとして残したかったというのがあります。バスクラリネット奏者としてヨゼフ・ホラークに憧れ、今までいろんなことをやってきた想いを、この機会に形に残しておきたいなっていうのが大きな動機です。
もちろん、演奏に妥協があったわけじゃないですし、音楽を聴くだけならパッケージはどうでもいいかもしれませんが、やっぱり手に触れられるモノとして残しておきたかったんです。
ジャケットのアートワークは、部屋に飾って眺められます。ブックレットも、どういう意味でこの作品を作って、なぜこういう選曲なのか結構長い文章を書きました。まぁ自己満足ではあるんですけど、自分にとっての博物館みたいなものです。-
― すべてがタイムラインに沿って高速にフローしていく現代だからこそ、その時を切り取ってパッケージとして残しておきたい気持ち、わかります。
国田:はい。二つ目は、今の話と違って身も蓋もないんですが、配信する前にCDを販売したかったというのはあります(笑)。別に、オンライン配信を絶対にしないっていうわけじゃなく、いつでもリリースできるように、番号も取得していますし。ただ、最初からオンラインで配信するとCDは売れないので、先にCDを出してみた、という順番です。
― 販売戦略、大事ですよ。
国田:三つ目は、名刺代わりの役割です。実は、BlueMemeでの仕事とは別に、仲間と3人でミューズ・プレスという小さい合同会社もやっています。そこで、楽器関係のメディアや二次販売の会社などに送って、挨拶する時のツールとしても使っています。音楽業界って、まだまだCDプレーヤーを持ってる人が多いですし、割とあちこちつながりがあるんです。わざわざフィジカルなメディアを物流で届ける、そういうニッチなコネクションとアプローチもいいかもと思いました。
― 音楽の聴き方はここ数年で大きく変わりました。パッケージ販売からダウンロード、そして今やサブスクリプションが、音楽ビジネスの売上の90%近くを占めています。先日、2022年のアメリカレコード協会の発表では、売上でビニールLPがCDを抜いたニュースも一部で話題になりましたしね。
国田:サブスクって便利でいいですし、実際に僕自身も使っています。ただ、どうしても音楽がただの消費財として消化されていく気がしてしまうんですよ。なので、今回の作品をCDとして形にできたことには満足しています。
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https://www.theverge.com/2023/3/10/23633605/vinyl-records-surpasses-cd-music-sales-us-riaa
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この記事でインタビューをした方
国田 健 / Ken Kunita
バスクラリネット奏者 × IT
オランダ・ロッテルダムでバスクラリネット奏者として活動する、メーカースペース「Het Batavierhuis」専属のアーティスト。BlueMemeで活動する以外に、音楽出版社Muse Pressにも所属。芸術家の資質とITの知見を活かした、新しい音楽家の在り方を模索中。